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「グローバル」という言葉

「グローバル」という言葉は本当に毎日耳にするのか

「毎日のように『グローバル』という言葉を耳にします」・・・こんなフレーズをよく聞きますが、はたして本当でしょうか。

気になったので調べてみたところ、「ISC留学net」というホームページに面白い調査結果が載っていました。新聞、雑誌といった320の主要メディアに「グローバル人材」という言葉がどれくらいの頻度で使用されたのかを調査したものです(320も調べたのかよ、すごい調査だなーと思いましたが)。

その結果、2008年から2012年度まで実に15倍以上に増えたというのです。これは2012年の結果です。その時から年月が過ぎ、今では、さらに頻繁に使われています。まさに「毎日のように耳にする」わけです。

私がグローバル教育に関わり始めたのは2007年です(今から考えるとまだスカスカの取り組みでしたが)。当時はまだ「グローバル」という言葉は限られた範囲でしか使用されておらず、横文字で聞き慣れず、怪しいイメージすらありました。

実際、クロサギという漫画の中で、詐欺を働く主人公が「グローバルとつくものは全部胡散臭い」というようなことを言っていました。それが今や「グローバル」は私たちの通常場面でも使われる言葉になり、完全に市民権を得た感があります。

「国際」から「グローバル」へと言葉が変わって

その一方、国際からグローバルへと言葉が変わったのをきっかけに「国際」の要素がないがしろにされているグローバル教育が台頭してきました。「何が、どこがグローバルなの?」と思うものもやたら目にするようになりました。そのようなものを中心にしてグローバル教育と標榜していることもしばしば目にしますし、「いわゆるグローバル教育」の流れはその方向に進んでいる危惧もあります。

言葉がすり替わったのをいいことに、本質を見失っていることが往々にしてあるのではないでしょうか。言葉を都合よく使わず、本質をしっかり見据えていかなくてはいけません。

そういう意味も含め、もちろん大切なのは言葉ではなく中身です。言葉を新しく切り替えても、中身が変わっていなければ意味がありません。しかし、何か新しいことに取り組む時、自分で変わろうと思う時、形から入って、「さあ、変わるぞ!」「新しいこと始めるぞ!」と分かりやすい形で表現していくことも必要です。言葉には行動と意識を作り上げる、そのような力もありますよね。

そのうち「ネオ・グローバル」なんて言葉が流行るかも・・・そこまで来ると何が何だか分からなくなってしまいますが。当然ながら、これからも時代が絶えず変わっていくわけで、今のグローバルの中身は数十年後には通用しないかもしれません。しかし「時代の変化に合わせた人材を育成しよう」という姿勢は、どう時代が変わっても通用すると思います。そういう観点を今から持っていれば、「グローバル」をさらに「ネオ・グローバル」に言葉をせっせと書き換えることも必要なくなると思います。


参考資料

  • 大場ノリユキ 「生き抜く力を育てる」 我が子のための「グローバル戦略」3つのポイント 2014年

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