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奨学金コンペ

1年目の1月だったでしょうか、教授から1つのメールが届きました。

学内で人文学系統の研究発表会を行い、その最優秀者1名に学部長の名で奨学金(という名の賞金)を出すというものでした。

いくらぐらいだったでしょうか。正確には覚えていませんが、2000ドルとか3000ドル(当時のレートで言うと25万〜35万ぐらい)の奨学金だったと思います。

前にも書きましたが、1年目はもっとチャレンジをしたい、もっと高いレベルのことに挑戦したいとイキっていた時期だったので、この案内に私の心はピクリと反応しました。こういうことに挑戦し、できれば表彰されることで「この人は違う」と思われたいという自己顕示欲みたいなものもありました。

しかし、学部長を始めとした幹部教授陣を相手に奨学金を賭けて正式なプレゼンをするわけです。英語や発表のレベルも高いものが求められますし、ネイティブと賞を賭けて対等に対峙しないといけない。クラスで発表すのとはわけが違う。言語の面でも研究発表という面でも多大なるチャレンジです。

やるとなると覚悟して取り組まないといけないし、自分にその力が今あるのか。。。学内とは言え大きなチャレンジです。自信家の私も尻込みしそうにもなりました。しかも、まだ院に入って半年もたっていません、大した研究をしたわけではありませんでした。

ぶっ飛んだ仮説のジレンマ

しかし、私には1つ発表したいものが手元にありました。それが「馬の合わない教授 Dr. Waxで言及した「意味と文法の3段階理論」です。

正式なタイトルは「Parallel Structures of Syntax and Semantics」です。

ちなみに手元に論文が残っていたので、この機会にさらっと読み直してみました。自分の記憶よりも専門的かつ複雑で、さっと読んだだけでは意味が分かりませんでした。当時興味分野の1つとして取り組んでいた「多義語の意味構造」や「ジョークとお世辞の意味」の論文とも相互関連しており、やや短絡的な部分もありますが、よく考察、分析できています。

これです(↓)。言語も因数分解したり、化学式みたいなものを書いたり、結構理系っぽいのです。言語研究は脳の研究なので、自然科学分野ともいえるのです。




さて、そうは言っても、授業で発表するのもためらったぶっ飛んだ仮説です。

Dr. Waxはまだ言語学の教授だったからよかったものの、このコンペの選考委員は人文学部長をはじめ、他の専門分野の教授たちです。無茶だろう。これは世に出していい代物なのか。

Wax
のクラスで賛辞をもらったところでとめておくべきではないのか。いや、こんなものを出してよいのか。。。仮に出したところで結果は目に見えていました。

でも、こんな言葉が頭に浮かびました。「当たって砕けろ」。

当たりもしないで砕けもしないで自分の力は証明できない。砕けたら砕けたでそれも1つの証になる。何もしていないのに、後で「出しておけばよかった」と悔やむのも嫌だし、まして「高いレベルで研究したい」なんて口だけ偉そうに言うのも嫌だ。

そう思い、そのコンペに参加することを決めました。

論文提出、そして審査結果

ここで私が頼ったのは恩師Dr. Scovelです。彼はアメリカ応用言語学会(AAAL)の代表を歴任した人だし、多少分野が異なっても大丈夫だろう。

そして、彼に見て評価してほしかったという思いもあります。本音言うと、「コウヘイがこんな専門的な論文を書けるんだ、他の生徒とレベルが違う、スペシャルだ」ということを顕示したかったということもあったでしょう。
(最近ウェブでドラマ『白い巨塔』を見ていますが、当時の私の中にもそんな研究者の政治的な思いがあったのですかね?)

私は彼のオフィスを訪ねました。彼にコンペのことを話したら、「チャレンジすべきだ」と改めて背中を押してくれ、そして論文を見てくれることも快諾してくれました。

そして、論文を預けて数日後、彼のオフィスにフィードバックを受け取りに行きましたがフィードバックの表紙には「This is a deep and complex explanation, and far from my level of expertise(深くて複雑な説明であり、私の専門的知見のレベルを超えている)」とありました。なんだかんだフィードバックくれていましたけど。

提出までの期間、夜遅くまで関連文献に当たり、論文の修正に取り組みました。授業以外でやっていたことなので大変でしたけど。そんなこんなで締め切り当日、クリックしたら、それこそ「当たって砕けろ」です。

何日か経ってから選考委員会からメールが届きました。

「書類選考を通ったので、最終プレゼンにお越しください。つきましては、、、、」。

どちらかと言うと「よっしゃ」とこぶしを握る感じの喜び方です。ほっとしたのとうれしかったのと、本番頑張ろう、と思うのと、色々な思いの入った握りこぶしです。

そして、プレゼン当日

プレゼン当日。一張羅のスーツを着て、指定された場所に向かいます。

ドアを開くと、そこには楕円の机に20人ぐらいが座れる円卓がありました。教授ミーティングをするような会議室でした。

参加者は私を含めて3名。ほかには、30代後半ぐらい女性、やや若めの女性です。二人とも英語はネイティブスピーカーのようでした。

そこに審査をする教授陣が入ってきます。教授陣も3名でした。当然学部長もいました。人文学部のメールや文書の差出人として名前だけは知っていましたが、あー、それがこの方か。全員男性だった記憶があります。

コンペと言いながら、ピリピリすることもなくアットホームな感じで会がはじまりました。

私の順番は1番目だった記憶があります。その場に立ち、5人に向かってプレゼンをします。持ち時間10分ぐらいのプレゼンをし、その後に質疑応答が続きます。

自分の課題は、いかに研究の意義を示すか、とかそういう本質的なレベルではありません。ただ単に自分のぶっ飛んだ理論を言語学の基礎知識がない聴衆にまず理解してもらえるか、そしてそのような複雑な理論をネイティブに負けない英語で説明できるか。それに尽きます。

もちろん緊張して詰まった部分も多少ありましたが、英語自体はうまくいったと思います。ただ、やはり「文法も意味も3段階でパラレル構造である」なんて言ったってわかるわけない。

プレゼン終わって審査員たちはポカーンとしていました。結構早い段階から「このアジア人、何を言っているんだろう?」的な雰囲気だったかもしれません。マンガであれば「・・・」というセリフが皆さんの頭から出てきそうな感じ。

そんなプレゼンに質疑応答をしないといけない向こうも大変です。しばらくの沈黙の後、「これはあなたの言語教育にどう活かせるのでしょうか」という質問をもらいました。

的を射ない質問ですが、向こうもなんとか質問を絞りだしたのでしょう。私が説明したのは言語学の理論であり、言語教育に応用できるものではなかったので、内心は答えに窮していました。

なんとか関連付けて答えたところで、何言っているのか、自分でもよく分からん。向こうも「I see. Thank you.」で終わり、これ以上続かない。突っ込んでもらえない。。。

質疑応答がなんとか終わり、座席に着いた時、「やっぱり、だめだったなー」って感じ。

でも、予想もついていたので「まあ、こんなもんだろう」と、難しいのも承知でトライし、自分なりのベストは尽くしたのでそれなりに納得もいきました。これこそ「チャレンジすることに意義がある」という典型です。

2人目の人は、意味の分からないプレゼンをした私が言うのもなんですが、大したことない研究、プレゼンでした。こんな程度か、ほかの2人も。

3人目の人は、小学校で授業見学をし、生徒の学習特性をやクラス内コミュニケーションを分析した研究でした。なぜ、私がその人の研究内容を覚えているのか、、、それは彼女のプレゼン、研究が良かったからです。

話し方は穏やかで分かりやすいし、大人の女性のしなやかさを持っている。研究も統計だけでなく授業の様子も質的に分析したもので、説得力がありました。教授たちも食い気味に質問するし。俺の時にはポカーンとしてたやん、あんたら!

全てのプレゼンが終わり、教授たちが審査のため別の部屋に移りました。まあ、結果は誰の目から見ても決まっていたんでしょうが。

しばらくして教授たちが戻ってきて、結果発表。明らかすぎて頭の中でドラムロールすらならない。結果はもちろん3人目の女性でした。パチパチパチ。

解散時、勝者の彼女は「You guys, great presentations」と私たちのことも称えてくれ、私たちも彼女に祝福を述べました。彼女が褒めてくれる瞬間は記憶に残っています。

何はともあれ、さっぱりした気分で終わることができました。自分のわけわからない理論を学内コンペとは言え、世に出せたことも良かった。そのうえで、ダメ元承知で当たって砕けられたし、なかなかできない経験をさせてもらえました。

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